“KENPROCK” will be held at LINE CUBE SHIBUYA for two days on November 2nd and 3rd, 2024, and will feature voice actors and artists representing Ken Production to celebrate the 40th anniversary.
To commemorate the “KENPROCK Festival 2024,” Animate Times interviewed voice actors belonging to Ken Production.
Also appearing in the interview was Kentaro Utsumi, president of Ken Productions.
We were able to hear a variety of stories, including not only their enthusiasm for “KENPROCK Festival 2024,” but also the relationship between Ken Production and the voice actors, their success stories as voice actors, and nostalgic stories from the past.
In this article, the second part of the series, Nishioka Kazuya, Masumoto Takuya, Mikawa Kazuki, and Okuma Wakana appear.
Kentaro Utsumi (hereafter, Utsumi): Actually, we are the same age, and we both turned 50 this year. Huh? Kazuya, you’re already 50?
Nishioka Kazuya (hereinafter, Nishioka): It’ll be soon… (laughs).
–The closeness between you two is already apparent, but I’d like to start by asking you about how you met, Nishioka and Utsumi.
Nishioka: It’s not a particularly cool story, but I was introduced by a mutual friend. One day, that friend called me and said, “I’m drinking with Kentaro now. Do you want to come?” I accepted the invitation and that’s how it all began. The drinking party went on until the morning… I drank a lot, didn’t I?
Utsumi: I don’t remember much…
Takuya Masumoto (hereinafter, Masumoto): How many years ago was that?
Nishioka: Hmm… (thinks for a while), it was so long ago that I can’t remember exactly (laughs).
Utsumi: Maybe 15 or 16 years ago. Maybe even longer.
–After that meeting, you two went out for drinks together several times and became the two of you that are now like “soul mates.”
Nishioka: That’s what they call “mabu”!
Utsumi: We went to Shanghai together. It was for work though.
Nishioka: We drank there too (laughs).
Masumoto: I’m really envious of people who have friends after becoming adults.
–That’s really enviable! After that, the two of you started working together, and Nishioka-san was even involved in the production of Ken Production’s company song. How did that come about?
Nishioka: Kentaro contacted me and said, “I want to create a company song.”
内海:前提として、2017年の「KENPROCK」で生バンドを採用することが決まって、真っ先に「手伝ってほしい」と連絡しました。そうしたら二つ返事で承諾の連絡をくれて。それと同時に「開催に合わせて一曲作りたい」「出来上がった曲を、会社の歌にしたい」と相談して、作曲をお願いしたんです。
ーー西岡さんはその相談を受けて、社歌のイメージがすぐに湧きましたか?
西岡:明確に曲のイメージを伝えられていたので、賢太郎くんのイメージを共有してもらって、作りました。
増元:社長の案が大きいんですね
内海:いわゆる朝礼で歌うような、ベタな曲だとつまらないと思っていたんです。理想のイメージとしては、クレイジーケンバンドが手掛けた西原商会さんの社歌ですね。そのイメージに加えて、和哉くんの得意なロックと僕が好きなヒップホップを融合したような曲調でお願いしたい、というリクエストを出しました。
増元:なるほど。社長の自己紹介から曲が始まる理由がわかった気がします!
内海:和哉くんが作曲、僕が作詞だったんです。アオイスタジオの下の喫茶店で歌詞を書きましたね。忘れもしないです。
増元:アーティストみたい!
内海:そうやって完成したものを和哉くんに送って、組み立ててもらいました。
西岡:そうだったね。
ーーみなさんは、社歌を聴いたときどう思われましたか?
増元:なんだか、嬉しかったですね。「この仕事で食べていけるようになれ!」という社長の思いを感じて、ありがたく思いました。僕は当時、社歌のレコーディングメンバーだったので、尚のことかもしれません。
三川華月さん(以下、三川):社歌で事務所への理解を深めた記憶があります。私が社歌を初めて聴いたのは、事務所の“色”がまだわかっていないような、入所したばかりの頃だったんです。聴いてみて、「自由で個性のある事務所」なんだな、と思いましたね(笑)。
増元:(笑)。大熊ちゃんはどう?
大熊和奏さん(以下、大熊):私は、養成所のオーディションを受ける前に、事務所の“色”を知りたくて動画を見ました。母親から「オーディションで社歌を歌うかもしれないから、覚えたほうがいいんじゃない?」と言われて……。
三川:「社歌を知っていますか?」って訊かれると思ってたんだ(笑)。
大熊:そうみたいですね。母は、「社歌を歌えるかどうか」がオーディションの登竜門だと思っていたらしいので……(笑)。その助言を聞いて、社歌を覚えてオーディションに臨みました。
ーーオーディションの前に、練習されたんですね!
大熊:練習とまでは言えないかもしれませんが、そうですね(笑)。
増元:もしかしたら、俺らより歌えるかもしれない……(笑)。
内海:養成所の入所オーディションでも、自己アピールとして歌う人いるんですよ。
ーーすごい!
内海:振りをつけたりして、色々なパターンで歌ってくれますね。
増元:『外郎売り』みたいになってるな……。当時、業界でも話題になったんですよ。「声優事務所が社歌を作ったらしい!」って。
ーーたしかに、とても話題になりましたよね。
増元:どの現場でも言われるくらいでした(笑)。「すごい社長だね」とも言われましたね。社長が全面的に出ているので(笑)。
内海:そうだったんだ(笑)。当時、社歌のレコーディングに参加してくれた声優陣にはソロパートを歌わせていないんです。理由としては、次の世代が受け継いで歌うことを想定しているからなんですよね。だからみんなユニゾンで歌ってるんですけど、結果として僕だけ目立っちゃったかな……。
増元:このリーダーシップに、いつも感謝しているんです。
内海:今でも、「社歌が好き」という声をいただきますね。「どんな事務所?」と訊かれてこの社歌を出せるのは、便利でもあります(笑)。
ーー名刺代わりになりますね。増元さんはレコーディングにも参加されていますが、当時の思い出などはありますか?
増元:同期の益山(武明さん)たちとも歌えたので、一体感を感じました。あのレコーディングで賢プロのファミリー感を感じることができて、心地よかったのも覚えています。
何より、「この仕事で食べていく」という決意が改めて固まった瞬間でもありましたね。当時の僕は駆け出しではあったものの、30歳を過ぎていたこともあって、ここでやるからには覚悟を決めようと思いました。
ーー増元さんにとって、社歌はすごく大きな存在なのですね。
内海:100点のコメントですね。
増元:いやいや(笑)。
ーー(笑)。西岡さんは、社歌を制作している時、こんなにも大きな話題になると想像していましたか?
西岡:思っていました! 正しくは、「賢太郎くんならおおごとにする」と思っていたんです。だから「ちゃんとしたものを作らないとマズい」と考えながら作りましたね(笑)。
内海:最後までこだわってくれたもんね。
西岡:すごくこだわったよ。時代を超えても語り継がれる、歌えるものにしたいと思って作ったんだけど、電話番号が入っているから、ちょっと……どうかな(笑)。
増元:今は「おかけになった電話番号は……」ってなっちゃいますからね(笑)。
内海:あそこは、電話番号の「02」と「Family」「Company」で韻を踏んでいるんですが、事務所が移転したあとの電話番号に差し替えちゃうと、その韻がどうにもうまくいかないんですよ。
ほかにもホーンセクション(※)を入れたりとか、こだわりがたくさん詰まっていて、お陰さまで高いクオリティに仕上がりました。「第三回 NIKKEI 全国社歌コンテスト」に応募した時には、「チームワーク賞」をもらったり……格好良いPVまで作れて、良かったですね。
(※)トランペット、トロンボーン、サックスで構成される管楽器アンサンブルのこと。
ーーPVにもたくさんのこだわりが見えました!
内海:(PVを見て)みんな若いね!
増元:歌っているところを撮られるっていうのは、これが初めての経験でしたね。
ーー最近だとよく見る構図になりましたが、当時は最先端でしたね。
増元:そうですね! 当時は新しかったなぁ。
内海:ちなみにこのスタジオが、今度の新曲の収録スタジオになります。
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